孤独死とは

孤独死とは一人暮らしの人が誰にも気付かれることなく一人で亡くなっていることで、亡くなってから随分と日数が経過しているようなこともあり、近年では核家族化の進行によって特に地方で高齢の夫婦だけ或いは一人で生活している人が増えていることから、安否の確認が大きな課題になっています。
孤独死の理由

我が国ではバブル崩壊以前の高度経済成長期には都会近郊で次々と大型団地が造成され、地方から移り住んだ人達で賑わい、公園では子供達の遊び声がこだまして、町の雰囲気が活気に溢れていたものです。
若い世代の人達が街を作り社会を作り、日本の国を動かしていたのです。
しかしバブル崩壊以後は経済の成長スピードが緩くなり、活気のあった若い世代の人達も今では高齢者となり、現在は人口の減少、少子高齢化、核家族化が確実に進行しているのです。
高度成長期に若い世代で溢れていた団地も老朽化して住む人は高齢者ばかりになり、病院やスーパーも撤退して生活が不便になると共に高齢夫婦のみ或いはお一人様世帯が増え続けることで、周囲近隣とほとんどお付き合いの無い人達が室内で亡くなっていても誰も気付かないという問題が起こっているのです。
そこで団地の組合では交代で住民の安否の確認を定期的に行うような活動を自主的に行っているのが現状なのです。
孤独死が不幸な訳

一人暮らしではもし苦しいような事があっても誰も来てくれませんし、何もしてもらえませんので、絶えるしかないということは残念なことであり、無念の気持ちが残るかもしれません。
ましてや孤独死は誰も看取る人が居ませんので寂しい思いをすることでしょう。
また発見されたら事件として扱われますので解剖ということになり、通常の葬儀の段取りとは異なります。
発見されるまでに長い時間が経過していたとしたら部屋の中は無残なことになっています。
孤独死を防ぐには

お一人様の世帯で孤独死を防ぐには金銭的に余裕のある人なら有料老人ホームの利用が理想ですが、そういった余裕のない人に対しては家族親族などとの定期的な連絡や見回りしか方法がありません。
今私達の社会では孤独死の可能性がある人がたくさん居られます。
家族、親族、友人、知人などに頼れる人の無い人が共通して抱える問題として、後継者が居ないということから家じまい、墓じまいという大きな問題もあります。
今の世の中の状況からして孤独死はある程度仕方のないものとして捉えるしかありませんが、誰もが自分もまた明日の我が身の事であるという認識を持ち、皆で支え合うことが大切です。
少し離れた所からでも気を付けて見て差し上げるということだけでも良いのです。
一人一人の気遣い、心遣いで人の命が救われることもあるのです。
孤独死の方の苦しみを和らげて差し上げるには

孤独死の方の部屋の片づけをした人なら分かりますが、絶えられないような悲惨な状況であることが多く、安らかな死に方でなかったのではないかと思われます。
そういう時には読経供養して差し上げるのが魂の救済になります。
NPO法人やすらか庵の代表は僧侶をしておりますので、どうぞご相談下さいませ。
孤独死の方の葬送

孤独死された人をお見送りするにはどのような方法が良いのでしょうか。
孤独死の方の葬儀

我が国では病気や怪我などの理由で財力が全く無い人であっても最低限の死後の火葬と埋葬は皆に平等に保障されていますので、縁故者の全く居ない人の孤独死の場合でも行政が火葬してくれて縁故者が名乗り出るまで預かってくれます。
孤独死の方の家族や親族の方で立会う必要がある場合には費用をあまりかけられないという事で葬儀無しの火葬場だけの利用ということが多く、場合によっては遺骨の引き取り手が居なくて困ることもあります。
孤独死の方の遺骨の納骨

身近に看取る人が居なくて亡くなった事さえ分からないような孤独死の方で生前中に家族や親族とトラブルのあったような人は、死亡の知らせを聞いても面会を拒否するでしょうし、先祖代々のお墓にも入れません。
私共が親族より散骨の依頼を受けて火葬場まで遺骨を引き取りに伺うこともありますし、預かり所に安置している遺骨を引き取りに伺うこともあります。
如何なる理由があるにせよ、誰にも看取られることなく思いを残したままで彷徨っている亡き人がいるのなら、僧侶として一人でも多くの人を救うために魂の救済に向かうべきだと思って居ります。
このような葬送が利用されます
海の散骨…誰にも束縛されない自由を望む方
森の散骨…森でゆっくりと休みたい方
3万円の合葬墓…寺院の供養が必要な方で個別の供養にこだわらない方
5万円の樹木葬…個別の供養が必要な方





