忘れるのも供養

忘れないで欲しい

忘れること

私達の欲望の中には自分の死後も自分の事を忘れないでいて欲しい、覚えていて欲しいという願望があり、人が生きていた証を残そうとするのがお墓です。

忘れることは悲劇

老人ホームのイラスト

私達は歳を重ねていく毎に記憶力が低下し、物忘れがひどくなってくると老人性痴ほう症やアルツハイマー型認知症などと診断されて、何度も同じことを言ったり少し前の事を覚えていなかったり、終いには当たり前のさえ忘れてしまって普通の生活が困難になってしまいます。

色んな事を知っている覚えている人は誰からも重宝がられて尊敬されますが、何でも忘れてしまう人はどうしても社会から孤立してしまいます。

そうです、忘れることは悲劇なのです。

しかし世の中には辛いことを何時までも忘れることが出来なくて悩んだり、人に対する恨みを忘れることが出来ずに持ち続けることによって精神を病んだりする人もいますので、忘れることが出来れば幸せになれるのに、忘れないこともまた悲劇なのです。

覚えていて欲しい

病気に対する恐怖のイラスト

人は自分の死が近付いてきますと、周囲の人達の輪から自分だけが消えていくという恐怖が襲ってきて、自分の事を何時までも覚えていて欲しい、忘れないでいて欲しいと思うようになります。

自分だけが消え去って忘れ去られることが怖いのです。

今はまだここに居るけれど、自分だけが消え去って真っ暗闇の中に放り出されたらどうしよう、まだ生きていたい、死にたくないと強く思うのです。

もし自分がこの世から消え去ったにしても皆が自分の周囲を綺麗に片付けて何もかも捨ててしまい、自分の事も綺麗に忘れてしまうことが恐ろしいのです。

お墓とは

誰も参らない墓

お墓の納骨室に亡骸としての遺骨を納めてもらい、墓誌に名前を刻んでもらえば少なくとも自分がこの世で生きていたという証を残すことが出来るのですから、お墓は亡くなった人を忘れないためのものであり、亡き人の安楽の地でもあるのです。

しかし近年では後継者が居ないという理由での無縁墓が増え続け、亡き人達の忘れないでいて欲しいと言う気持ちが断ち切られて惨めな姿を晒しています。

墓が荒れ果てて惨めな姿を晒し、隣近所に迷惑を掛けることで一番悔しい思いをするのは中で眠っている御先祖なのです。

無縁墓をに残し続けずに早めに墓じまいしましょう。

綺麗に忘れることも供養

樹木葬第5区画、第6区画

亡くなった人の事は30年も経過すれば覚えている人はいまぜんし、綺麗に忘れ去られていますので、墓石のように形だけ残っても虚しいだけであり、綺麗に忘れることもまた供養だとすれば森の散骨海の散骨のように大自然に還る散骨は理に適っているのです。

またNPO法人やすらか庵と茨城県稲敷郡美浦村郷中2580如来寺様との共同企画である5万円の樹木葬は30年間は自分の墓として使えますが、30年を経過したら自動的に合葬墓に移しますので、個別のお参りすることに関しては30年あれば充分だと思って居ります。

まだ使いたいと言う人に対しては10年の延長制度をご利用下さい。

3万円の合葬墓は皆と一緒に入るお墓ですが、800年の歴史ある寺院の聖地に眠り続けることが出来るということが価値あることであり、合葬墓の壁面に無料で名前を入れますが、たとえその人のことが忘れ去られたとしても供養を受け続けられるということは大変な値打ちだと思います。

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