粉骨とは

立会いで手作業の粉骨

粉骨とは海や山で散骨するために遺骨を粉砕することで、散布しても遺骨と分からないように、そして自然に還り易いようにするために2ミリ以下の粉末にすることです。

他には遺骨の量を少なくしたい、供養品の中に納めたい等の理由で粉骨します。

粉骨の歴史

粉骨

私が散骨を始めた2003年にはまだ今ほど散骨も普及していなくて、周囲からは「散骨は法律違反だ」などと言われていたものでしたが、人口の減少や少子高齢化、核家族化の進行とともに散骨の需要は増え続け、散骨するには粉骨が必要なことから時代の要請に応じて普及していったのです。

「粉骨」と言う言葉について

2003年当時には粉骨と言う言葉もまだ普及していなくて、当時は「遺骨の粉末化」とか「遺骨のパウダー加工」などの表現が使われていましたし、「粉骨」と検索しても「粉骨砕身」のような四字熟語しか出て来なかったので、私自身も何と表現したら良いのかといろいろ迷って「遺骨の粉末化-粉骨」という表現を使いました。

淳和天皇の散骨、粉骨

淳和天皇-散骨

そもそも遺骨を粉にするという行為については、散骨以外には特別に必要無かったことですが、日本で一番最初に散骨された淳和天皇は自らの葬儀に関し、「骨を砕き粉となし之を山中に散らせ」と遺詔し、没後は近臣によって遺言通りに火葬をし、遺骨を粉砕して西嶺上山中に散骨したことから、やはり散骨するには骨を砕くということが必要であり、淳和天皇は日本で一番最初に粉骨した天皇なのです。

天皇のお遺骨を粉にするという行為は恐れ多くて臣下の物は出来ないと想像いたしますが、遺骨をそのままの状態で山中に散布いたしますと動物に荒らされたりする可能性があるからでしょうか、粉骨は絶対必要条件だったと思います。

天皇が自らを散骨したことの意味とは…淳和天皇の散骨エンター

散骨も粉骨も普及しなかった

餓鬼草紙

散骨するためには火葬して肉体を焼き、焼骨を残すことが必要ですが、平安時代から江戸時代位までは土葬または風葬が主流で、火葬は普及していません。

火葬するには大量の薪と時間や労力が必要なことから、ある程度の財力がある人しか出来ない方法であり、土葬にしても今の時代ほど土地不足を心配する必要が無かったという背景にもよります。

これからの時代の粉骨

今後の時代においても人が亡くなったら火葬して骨壺に入れて骨を持ち帰るというシステムは当面変わらないと思います。

しかしながら火葬した遺骨は墓に入れるものというこれまでの常識はどんどん変化していき、新しい方法が出てくると共に、散骨も一つの選択肢として定着するでしょうから、粉骨の需要はますます増えてくるものと思われます。

粉にした遺骨を自然に還す

森の代行散骨

散骨はまさに、粉にした遺骨を自然に還す方法であり、死んで肉体を自然に還すということは、太古の昔から地球上のありとあらゆる生き物は全て大地や海などの自然に還っていったのですから、私達人間も例外なくその法則に従うべきなのです。

現代のお墓のように骨壺に入れた焼骨をカロートの中に保管しておくだけの施設では、遺骨が自然の還ることは絶対にありません。

お墓は年間管理費を払い続けないと使えないシステムですから、土に還ることのない遺骨を保管したまま何時までも管理費を払い続けるというシステムは永遠には続くことなく、何時かは必ず崩壊するシステムなのです。

新しい葬送

お墓というものが石とコンクリートに囲まれた納骨室の中に陶器の骨壺に納めた遺骨を入れるという方法を続ける限り、必ずお墓より人の方が途絶えてしまって骨壺の中の遺骨が自然に還る事無く放置されるということが起こり続けます。

これままでのお墓に代わる後継者不要の樹木葬合葬墓などの選択肢も増えてくるものと思われます。

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