1つのお墓にも歴史があり、造った人、そしてお参りした人、お墓に入った人の気持ちがあり、何十年分もの思いが籠っている場所なのです。
悩み苦しんでいる時には亡き人から力を頂き、結婚した時、そして子供が出来た時とお墓のご先祖様に報告に行き、良いことがあっても悪いことがあっても、体が苦しくても参り続けたお墓に終止符を打つことは辛いことでもあります。
墓じまいでお墓を無くしてしまうということは、そういった思い出を全て無くしてしまうのではなくて、自分の心の中に留めておくことをしなければなりません。
お墓という形がある時にはその形に頼れば良いのですが、形が無い時には心の中で形を作り出すことをしなければいけません。只ひたすらに有難う御座いましたの感謝の気持ちを持っていれば、心の中のお墓は在り続けます。
墓があれば、何かの時に先祖をお参りして報告する事が、出来ますので、仰る通り一番良い事なのですが、現在、住まいが大阪で、先祖の墓が佐渡(新潟県)に置いたままで、遠方すぎるので、現状放置状態で、菩提寺にも不義理をしております。しかし、家には仏壇と先祖の位牌がありますので、それを拝む事にしております。将来的には墓じまいしなければならないのですが、私には跡継ぎが居りませんので、先祖の墓は、無縁仏状態になる可能性がありますので、心残りがあります。
お墓にも仏壇にも先祖が居られることを思えばまだ仏壇にお参りすることが出来るのですからご先祖様も納得されておられることでしょうけれど、いつかは墓じまいをしてお遺骨を最終目的地にお連れすると共に、仏壇、そしていつかは我が身の最後のことも考えておく必要があります。亡き人のお片付けをすることは生きている者の務めであり、それを為し遂げた者は最終的にご先祖様が救ってくれることと思います。